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天国のソウちゃん (2010/2/20)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 03.2014 10 comments 0 trackback

Every experience is
part of the pattern of your life.

You try to judge eternity
by the temporal happenings.

You see in matter
apparent confusion,

but you do not realize
that a divine thread runs
throughout all your lives.

  "A VOICE IN THE WILDERNESS" (p66)
   Further teachings from Silver Birch
   edited by A.W.Austen/The Spiritual Truth Press


  地上において 経験する 
  ひとつひとつの 出来事が 
  あなたの人生を 見事に 
  織り成しています

  あなたは 永遠なるものを 
  いっときの目先の出来事で 
  判断しようとしています

  物的な世界が あまりにも 
  混乱に 満ち満ちていることを 
  目の当たりにしますが
  
  人生の すべての局面においては 
  神性な 叡知の糸が 
  かけめぐっていることに 
  あなたは 気づいていないだけなのです

       【translated by ミツコ】
         
*******************************

『天国のソウちゃん』



帰ってきたミボウジンは、
その後再婚し、
二人の子をもつハハとなった。

ハハには、ほかに二人
天国に送ったベビちゃんがいた。



5,6年前の とある日

ハハは、あるサイキックさんに
リーディングをしてもらった。


最初に言われたのは、
ハハの 亡くなった前のダンナと 
Boy 男の子が見える、ということだった。


Brother …… 
兄弟はいましたか、
という質問に、

妹しかいない ハハは、

「??? あ…… います、います、
 そーいえば、実母が 
 むかし 流産したって言ってました!!!」

と、言った。



はて、Boy, boy, boy …… 
男の子と聞いて、

思い出したのだ。


「あ。ち、ち、ち、チガイます!! 
 そーいえば、わたしも 
 上の娘を妊娠する直前に、
 一度流産してました!!」


すると、そのサイキックさんは、

前のダンナが、
その男の子は いま自分といっしょにいる、
だいじょうぶだよ、心配ないよと言っていると 

ハハに 伝えてくださった。



*****



アメリカから帰国し、
日本で働き始め、
少しずつ心も落ち着き、
しばらくたったころだったろうか、

まだハハに
なったことのなかった
ミボウジンは、

なにか、次の学ぶべき
人生ステージ(段階)が来ている、
と深い部分で感じていた。


そして、背中を誰かに押されるように、
今までの自分からは考えられないような
新しい環境に飛び込んでいき、

再婚し、家族をもつことを選んだ。


10代、20代は、
長いこと摂食障害に陥って 
生理が止まってしまった時期もあったので、

子どもはできにくい
体質だろうと思われた。

しかし、子どもを授かりたいという
強い希望があり、

また、ちょうど運悪く
超初期の子宮ガン検診に
引っかかってしまったこともあり

ハハは、その後ずっと
総合病院の産婦人科に通った。


本格的な不妊治療までは
いかなかったものの

子宮卵管造影検査をしたり、
基礎体温グラフもずっとつけ、
病院の先生の指導のもと、
子づくりにはかなり努力をしていた
時期もあった。

それでも、
そー カンタンには
子どもは授からなかった。



が、あるとき、
やっと妊娠したことがわかり、
現夫も 初めての子どもだったので、
非常に喜んでいた。



しかし その約1ヵ月後、
心拍がすでに
確認されていたにもかかわらず、

検診で いきなり先生に
「心臓が止まっています」と告げられた。

「稽留流産」とのことだった。


もう名前も決めて
毎日お腹に手をあてて
愛情こめて語りかけていた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、
 すぐにまた子どもはできるよ」

励ますつもりだったのか、
義母から言われた言葉に、

「ひと一人が死んで、
 なんで『だいじょうぶ』なんだろう……」

「昨日までは、あんなに喜んでくれてたのに、
 まだお腹のなかに、そのままいるのに――

 心臓が止まったからって
 『物体』みたいに扱わないで!!」


心の中で、ハハは そう叫んでいた。


魂的な考え方では、
いつの時点を地上人生の出発点と考えるのかと
いう問題について、

シルバーバーチは
「地上人生の出発点は、精子と卵子が
 結合して受精卵となった瞬間である」と述べている。


ハハにとっては、
たとえ、まだ産まれていなくても
ひとつの独立した「たましい」「命」だった。


亡くなった子どもは、
心臓が止まってから、
たぶん10日ぐらいお腹の中にいた。

自然に出血するのを待ち、
処置手術を受けたが、
そのあとも、ハハは、
カナシイくらいに、自分を忙しくして、
気丈にふるまっていた。


泣くのはあとでもいい、

今は やるべきことを
ひとつひとつ
こなしていくだけ……

そんなことを
いつも心の中で唱えていた。


しばらくして、
ハハは、また娘を授かり
今度は無事出産したが、

これまた
トラブルつづきで、

出産後、すぐ出てくるはずの
胎盤の1/3が、お腹の中に残ってしまい、
その後一ヶ月出てこなかった。

生まれたばかりの娘も
重大な健康問題があり

生後3週間目で手術をすることになり、
ハハは小児病棟に付き添うことになった。


娘の手術が無事終わった晩から、
ハハはひどい寒気におそわれるようになり、

娘の付き添いを実母にかわってもらい、
同じ総合病院の小児病棟とは反対側の
先日退院したばかりの産婦人科病棟に、
再入院した。

胎盤遺残による ひどい感染症が起こり、
熱は40度を越え、意識も朦朧としていた。


医師の判断のもと、
自然に胎盤が出てくるのを待っていたが、

このままでは敗血症になり命を落とす
危険もあるとの診断で、

出産から約一ヵ月たった 11月26日、
処置手術が行われることになった。



その日、
陣痛室と分娩室の間にあった、
処置室の手術台の上に横たわり、

ハハは思ったのだ。


ああ、

一年前の流産の
処置手術をした

同じ日の、同じ場所だと。


そして、少し前までは
命が繋がっていた 

そのカケラが 外に出された。



約4年後、
ハハは第二子の息子を出産する。

双角子宮という
先天的に子宮がハート型をしている
少々のリスクを抱えていたハハは、

そのときも出産後は、
第一子とほぼ同じ経過をたどり、

癒着胎盤がひどく、
こんどは1/3どころでない、全部残ってしまい
感染症に陥り、再び生命の危機に瀕し、

そして結局は、子宮全摘出の手術を受けた。



*****



ハハは、
このサイキックさんの
「前のダンナとBoy 男の子が見える」
という言葉を聞いて、

1年ほど、さかのぼった
ある日のことを想い出していた。


別のヒーラーさんのもとで
目を閉じていたときのことだ。


小さな男の子が、
ハハの膝のところに来て
コロコロじゃれついてくる。


いつのまにか、ハハは
誰もいない居間で
イスに座ったまま、

自然に前に手を伸ばし、
抱き上げる格好をしていた。


それは流産した男の子だと
すぐわかった。


颯太(そうた)と名前を決めていたので、
ソウちゃん、ソウちゃんと
声をかけてあげると、
コロコロ笑っている。

彼は、ハハと
とっても遊びたがっていた。


そのうち、ハハは涙が止まらなくなり、
男の子を腕に抱きながら、
ユラユラ揺らすような動きをしていた。





ちまたでは、

何か憑いたというと、

お祓いとか、「浄化」「浄霊」とか
いうようだが、

そして

ハハにはムズカシイことは、
わからないし、説明できないのだが、


でも、そうした魂も
もとは、みんな同じ人間だったわけで、

(なかには、動物とか 身体をもったことがない
 意識体など いろいろあるようだが)

自分が死んだとか気づかずに
あるいはなんらかの執着があって、
行くべきところに行けないで

生きてる人間の温かい部分を慕って
くっついちゃうヒトたちも
いるかもしれないと 思った。


だから、
ふだん、怖がりなハハだったが

ソウレイ(送霊)、
霊を送るみたいなことをしようと
思ったのだ。


そのとき 現れた
男の子・ソウちゃんも

よく言い聞かせて、
光に帰してあげようと思ったのだ。



彼も、本当は
生まれてきたかった
のかもしれなかった。


今思い返すと、
その「ソウちゃん」の想い、
念が、

娘の出産後
1カ月たっても出てこなかった
胎盤のかけらについていたのかもしれない。


ソウちゃんは、
娘が生まれた後も、

自分が処置手術で
外に出された
一年前と同じその日まで、

ハハのお腹の中に
いたかったのかもしれない。



そのヒーラーさんは、
流産した子どもについても

「流産のことも、
 自分であらかじめ決めてきたんだから……」

と言われたが、

ハハはそれを聞いて、
まるで自分が、
ソウちゃんになったように、

「ああ、そうだった!」と
はっと深い部分で 思い出していた。


そして、まだ自分の膝のあたりに
まとわりついて離れようとしなかった
男の子「ソウちゃん」の霊に言い聞かせた。


  もう光に帰らないとダメだよ
  ほら隣に 光のおねえさんがいるでしょ

  おねえさんの言うことを よーくきいて
  ちゃんと 光に帰るんだよ

  ママも もう少ししたら
  きっと そっちへ 行くから
  それまで いい子にしててね
  
  フレおじちゃんと いっしょに
  いい子にして 待っててね
  

そう一心に祈っていると、

自分でもなぜだかわからないくらいに、

ハハは、また涙がポロポロ出てきた。


ソウちゃんは、
最初はダダをこねていたが、

やがて光のおねえさんに諭されたのか、
光の方へむかって歩き出した。


おねえさんの手を握りながら、

何度も何度も、
うしろを振り返り、振り返り、
行く姿が見えた。


そして最後には、
楽しげに二人で話をしながら、
光の中へ消えていった。



*****



ソウちゃんは、
もし生まれていたら、

6歳になる娘より3カ月、
おにいちゃんだったということになる。

ハハは、それ以来、世間一般的な、
水子供養みたいなことはせず、

いつもいつも心の中で思い出してあげて、
心配とか悔やむんじゃなく、

愛を念を送ってあげる、
自分の心の中で育ててあげるようになった。


寝室のタンスの上には、
もうアッチがわへ行った組の、
写真が何枚か並べられている
コーナーがあって、

ハハは毎日手を合わせ、
「ありがとう、ありがとね……」と
お祈りしている。


前のダンナ、フレデリックの一周忌に、
日本からみんなでお墓参りに行ったときに、

ニューヨーク州のずっと上、
オールバニーのキャロット・バーンという
緑深い山の中のマーケットみたいな
お店で買ってきた

小さなテディ・ベアの
ぬいぐるみの膝のうえに、

ソウちゃんがまだゲンキに
心臓を動かせはじめたばかりのころの
超音波写真が飾ってある。


その後 もう一人
「ユウタ」という男の子も加わって
いまは仲良く二人並んでいる。



*****



そうだった。

そのサイキックさんに話す
だいぶ前に

光へ帰るように送ってあげた 
幼いソウちゃんが、

ちゃんと ハハの言うことを聞いてくれて

フレおじちゃんと いまはいっしょにいる、
と聞いて、

ハハは、嬉しくて、嬉しくて、
涙が止まらなかった。




たとえ目には見えなくても

ひとが自分の意志で
交わし結んだ絆の糸は
確実に 繋がっている。


しかしまた 絆とは
 
相手を がんじがらめに
するものではなく、

解き放ち、
ゆくべき人を見送ってあげ、

その愛を 大切に紡いでいくこともできる。


すべてのものは繋がり、
すべてのものは移り変わり、
大いなる源へと回帰し

そして いつかまた
めぐり逢うと――


ハハはそんなふうに思うのだった。


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帰ってきたミボウジン(2010/2/1)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 02.2014 6 comments 0 trackback

Death is not tragedy to those who die;
it is only a tragedy to those who are left behind.
To go from darkness to light is not
something over which you should grieve.

If you grieve,
you are in reality grieving over your loss
and not for one who has in truth
become enfranchised.

He is better off.
He will no longer suffer
all the ills of the human body.
He will not be subjected
to the revarages of wasting disease.

 "The Silver Birch Book of Questions & Answers"
  edited by Stan A. Ballard and Roger Green/
  Spiritual Truth Press


 死は 死んでいく者にとっては 
 悲劇ではないのです
 あとに残された者にとっての 
 悲劇にすぎないということです

 暗闇の世界から 
 光り輝く世界へと 
 旅立っていくことは
 悲しむべきことでは ありません

 悲しんでいるのは 
 実は その人に先立たれた 自分のことであって
 肉体の檻から 解き放された その人のことを 
 悲しんでいるのではありません

 彼は 今までよりも 
 ずっと幸せになっているのです

 もう肉体の病に 苦しめられることが なくなったのです
 激痛に さいなまれることが なくなったのです


       【translated by ミツコ】
          自分なりに、感じたままに、翻訳しました。


*******************************

日本に帰ってきたころ
書いたショートストーリー風日記です。

先日も書いたように、

とくに この1月は自分の中での
ひとつの区切りのように感じるものがあり、

自分の心の軌跡を
キチンと形に残す、という意味で
シェアさせてくださいね……☆


*****



『帰ってきたミボウジン』
                             
1999年○月△日(金)


人はわたしののことを「ミボウジン」と呼ぶ。

ほかに「ゴケさん」という言葉もあるらしいが、
自称ツヤめいた、まだ若き可憐なミボウジンは、
「後家さん」という言葉にこもった響きがキライで、
そう呼ばれても返事をしないことに決めている。


最近アメリカから
日本の実家にもどってきた
ミボウジンの朝の日課は、
仏壇にまいることから始まる。

仏壇といっても実家は神道である。

「ブツ」と「シントウ」の
教義における違いはなんなんだ?と、
コムズカシイことを言われても、

アタシはクリスチャン寄りだからわかんないの……と
卑怯にも逃げるミボウジンだったが、

今日は仏間の一角にある亡き夫・フレちゃん
特設コーナーの写真を前に、
少しだけ神妙に座り
彼のことを思い起こしていた。



*****



フレちゃんが亡くなった知らせを
日本で受けた五月のとある日、

モロモロの理由から
ミボウジンはすぐさま渡米、
駈けつけることが叶わなかった。

その日、日本にいてフレちゃんの霊を弔うために、
さて海にいこうか山に行こうかと迷ったあげく、
結局、富士山麓の古い神社にまいることにした。

海に行くと、そうでなくてもショックで
フヌケ状態になっている自分の中から、
残っている「気」みたいなものまで、
全部外に流れ出ていってしまいそうな気がしたから、
ミボウジンは山にパワーをもらいに行くことに決めたのだ。


木々が鬱蒼と茂る深閑とした山の中、
樹齢五百有余年のご神木が
境内にはどかんとひかえていた。

ヒトのちっぽけな命の歴史は、
悠久な大自然、無言の重みの前に
ただうなだれる。

深く息を吸い込むと、
冷たく厳かな山の霊気が
胸の底に流れ込んできた。


ご神木を見上げ目を閉じる。


ヒトは何をもって
大切な人がこの世から「消えた」ことを
受け止めるのだろう。


長い長い闘病の末、
みずから旅立って逝くことを選んだ
フレちゃんの頑張りを褒めたたえた。

もう絶対会えない、
いない、地球上に存在しない、
声を聞くことはできないのだ……と、
「わざわざ」自分に追い討ちをかけるから、
泣けてしょうがないような気もする。

ふだんから
現実逃避が得意なミボウジンだったが、
いっそのこと、これ以上自分の心が壊れないために、
「フレちゃんは地球上のどこかで今でも生きている」
と思いこもうかな、とも思った。

「死」に対する定義、考察は
ヒト様々なのだけれど、
世間一般で言う「死んだ」という意味を、
キチッと真正面から受け止めないと
次のステップへ移ることができない、

まだ若いのに……逃避なんてしてると一生引きずるから……
だからちゃんと決別すべきだという意見もある。

でも生き残ったのはワタシだ。

一種の心理的サバイバル・テクニックとして、
「逃避だと知りながらも」「ウソだとわかっていても」
自分の心を軽くするように考える、思い込むのって、
そんなにいけないことなんだろうか……とフト考えた。

ミボウジンは、好きキライが激しいので、
寂しいから、とにかくそばにいてほしいから……と
無理矢理オトコのヒトを確保しておこうとは思わないのだが、

その反面、単純で惚れっぽい尽くし型、
フラフラしているようで必ずもどってくる、
自分で迎えにいく忠犬ハチ公型、
どこか抜けててアブなっかしい自分は、
いつか再婚するんだろうなと思っている。

そしてまわりが現実から逃避するなとか、
なんだかんだ言っても、
自分はフレちゃんのことをネガティブな意味で
今後引きずらないことを知っている。


なぜなら、ヒトを大切に思うことと、
引きずることは違うからだ。




1999年○月×日(土)



「あ、いるな……」と思うときがある。
そんなときは背後が急に重くなるのですぐわかる。

ひどく怖がりで薄情なミボウジンは、そーゆーときには

「いるのは、わかってるから、出てこなくていいっ」とピシャリ、
亡きダンナ・フレちゃんに言う。

夜中にそんな気配を感じたら、最悪である。

「絶対に出てくるんじゃない……!!」
「出てきたら、キライになるからねぇぇぇーーーー」などと、

半泣きでトイレに起き、コソコソと二階から降りていく。
 

昔から誰かのお葬式に出たりすると、
もうその晩は眠れなかった。
 
ひとり暮らしをしていたころには、
家中の電気をつけっぱなしにして、

テレビをつけ、ラジオをつけ、
外界とのつながりを必死に保とうとしたものだ。

帰国してから今まで夜はずっと、
妹と甥っ子たちの部屋に
イソウロウしていた。

しかし自分の部屋が完成した今日からは、
ひとりで寝なくてはいけない。

しくしく。

亡くなってからは、はじめてのことである。

だいぶ落ち着いた。
とはいえ、なにかのはずみで、お腹の底のほうからジ~ンと
「会いたいなあ……」と想いがこみあげてくることがある。

にもかかわらず、
やはり自分のダンナでもオバケはこわい。

これはたぶんに八歳のときに亡くなった父のことが
トラウマとなっているのだと思う。


*****


昨日の晩は、初めてフレちゃんの夢をみた。
病院のようなところへ遺体に会いにいくシーンだ。

夢ではなく、現実、実際にはどうだったかというと……

フレちゃんは、ニュージャージー州のプリンストンにある「テンエーカー」と
いうクリスチャン・サイエンスの看護施設で亡くなった。

ミボウジンはそのとき日本にいたが、
渡米前にFaxでも火葬許可証に
署名することはできるということだった。

しかし、あえてそうしなかった。

遺体はすぐ火葬にせず一週間後に渡米するまで、そのままにしてもらい、
ミボウジンが実際に遺体の安置されていたフューネラル・ホームへ行き、
配偶者として火葬許可証にその場でサインしてから、彼は火葬にふされた。

結局モロモロの理由から遺体は見なかった。

文化、宗教、風習の違いが大きく、
遺体を見る・見ないでいろいろとモメた。

アメリカ・サイドの親類・友人(プロテスタント、ユダヤ教など)は、
(妻であったミツコの意見を一番に尊重するが)
「遺体は見ないほうがいい」「故人もそれをのぞんでいる」と言った。

義姉、義妹、友人にとっては、「見ない」ことがふつうだった。

日本側、特に母は、
「見るべきだ」「死に顔を見なかったら死んだことが納得できない。
 妻なのだから。彼もそれを望んでいる。ちゃんとお別れしてくるべきだ」

という意見だった。ミボウジンは見たくなかった。

最終的には、どちらの側、誰にとっても納得のいく一番いい形となった。


しかしその見る・見ないの決断を下すまで、

「一週間後であっても、火葬される前に、死に顔を見たほうがいい」
と母から言われたときに、トラウマを引きずるミボウジンは
異常なほどの拒否反応を示し脅えた。

それが今回夢にまで、出てきたのかもしれない。



*****



そこは中東、エルサレムかどこか――
活気のある街で、中世風の石造りの家が
道の両脇にはたくさん並んでいた。

聞けば、そうした家の数々が「遺体安置所」だという。

右側にあった一軒に入っていく。
意気地のないミボウジンは
一緒だった母を先に追いやる。

戸をあけると、
そこにはベッドが八つぐらい並んでいた。

フレちゃんのベッドは
入り口に一番近いところにあった。


「えらかったね……あんなに長いこと……最後まで立派だったよ」

と言葉をかけ終わらないうちに、
彼はすうーっと起きあがった。

身体は、ミジンコあるいはゾウリムシのように半透明で、
神々(こうごう)しくもあった。


ニコニコ笑い、立っている。

するとまわりの人たちも
同じように続々と復活。

ニ、三、生き返らない死体もあった。

直腸癌で逝った彼は、
もう長いこと寝たきりだったから、

「立っている」姿を見るのは、
ずいぶん久しぶりのことだった。
最初は違和感さえあった。

夢の中で、自分でも
今はじめて気づいたように、

「そう。ほんとうはこの目線の高さだったんだよ……」
と、しみじみ思った。


四月末に、
もしかしたら最後になるかもしれないと思い、
フレちゃんがいた日本でいう
ホスピスのような「ハイリッジハウス」という
完全看護の施設に一晩、泊まったことがあった。

その晩、当時まだウィドウならぬミボウジンは
同じ棟の同じようなつくりの
別の部屋に泊まったのだが、そのときベッドの上で思った。

ああ、寝ていて、こうしてここから見える世界だけが、
いま彼に見える世界のすべてなのだと。

わたしだったら耐えられるだろうか。

介護による燃え尽き、
プレッシャーなどで自分自身も押しつぶされそうな中、
必死にがんばっているつもりではあったが、

彼のほんとうの辛さ、苛立ちを
半分もわかってあげていなかったな、
悪かったな……と深く反省した。

「立つこと」「座ること」、
身体を縦にすることが、
どれだけ体力を必要とするか、
たいへんなことなのか、健康な人は忘れてしまう。

ミボウジンの腕ぐらいの太さ、
骨と皮だけになってしまった脚で、
それでもフレちゃんは歩行器を使って歩こうとした。

車椅子にのり、
自分の手を使って行動範囲を広げ、
自分の世界を広げようとしていた。

腫瘍があって痛いのに、
いっしょうけんめい座る練習もしていた。

お金もなくなり、
仕事もなくなり、
家もなくなり、

自分の全身全霊を注いで
信じた信仰によって病が癒えることなく、
妻とは遠く離れて暮らさねばならなくなり――

「人間的な観点からのみ」言えば、
彼はどんなにかやりきれない気持ちで
いっぱいだったろう、無念だったろうと今思う。
 

そのフレちゃんが夢の中では立っていた。

芯から幸福そうな顔でにこにこして、
「立ったまま」抱きしめてくれた。

そうした姿でかえってきてくれたことは、
感動的ですらあった。

長いこと束縛を受けていた
「身体・容器」から解放されて、

向こうで幸せに元気にやっていることを
知らせにきてくれたんだなあと思った。


遺体安置所の中では、
ほとんどの人が復活してしまったから、

ベッドは全部すみに寄せられ、
日が差してきて、部屋全体が明るくなった。

フレちゃんは建物の中をいろいろ案内してくれたが、
デリのショーケースみたいな前で二人立ち止まる。

「ねー 今度来るとき、
 なんか食べ物持ってこようか? 
 何がいい? Sushi?」

見舞うたびに、
毎回訊いた同じ質問を
夢の中でもミボウジンはしていた。

すると、
食べ物がたっぷりつまったショーケースを指差し、
ここには、なんでもあるから、何もいらないよ……

と、彼はあたたかい日だまりのような笑顔で微笑んだ。


*****



「そういえば、昨日、フレデリックが来ていたね」

と、妹はいきなり言い出すことがある。

昔から霊能力のようなものがあった彼女は、
匂いでわかるのだそうだ。
もちろん見えることもある。


「向こう側」にいる誰かについて、
ほんのわずかでも考えれば、彼らの意識は
すぐさまここへ飛んでくるという。

逝ったひとについて、何かを思ったり考えたりすれば、
そのひとのエッセンスは必ず気づき、
ここまでやってきて深く慰めてくれるという。

  わたしは見えなくてもいいんだ。
  そのあたたかさを「感じる」だけでいい。

「いるのは、わかってるから、出てこなくてもいいよ……」


そんなことをつぶやきながら、
今日も電気をコウコウとつけっぱなしにして、

テレビも砂の嵐になってから、
ミボウジンはベッドのすみで丸くなり
ひとり眠りに落ちていくのだった。
     


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Category : Myself (自己)

白木の箱(2010/1/20)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 01.2014 8 comments 0 trackback



Learn to be free.
Do not imprison yourself.

Do not hedge yourself around
and refuse to allow new insperation
to come to you.

Truth is the constant search.
Its boundaries are ever widening,
for as the soul evolves the mind responds.

  "TEACHING OF SILVER BIRCH"
    edited by A.W.Austen

自由である ということが
どういうことであるかを
悟らねばなりません

魂を牢に 閉じこめてはいけません。
周囲を垣根で 取り囲み、
新しい インスピレーションを
拒絶するようなことを 
してはいけません

真理の道は
永遠に尽きることない探求です
その境界線は 無限に広がり続けます

魂が進化するほどに
精神も それに反応していくものです

「シルバーバーチは語る」
  A.W.オースティン編/近藤千雄 訳



*******************************



『白木の箱』



妹は はしゃぎまわっていた。
母は 目を真っ赤に泣き腫らしていた。

土曜日の早朝だった。

たくさんの人が
ウチに来てくれて
賑やかになって嬉しい

それは幼い妹の
単純な しかし哀れな喜びだった。

8歳の夏、夜中に 突然うめき声をあげ
苦しみだした父は 脳溢血で 
そのまま帰らぬ人となり、
母は29歳の若さで 未亡人となった。

まわりの大人は
みな嘆き悲しんでいたが、
布団に寝かされた父の顔を見て

「ここにあるのは、ただの抜け殻なのに。
 魂はもうここにないのに……。
 どうしてみんな、そんなに悲しむのだろう」

私はそんなことをぼんやりと考えていた。

父の鼻や耳には
脱脂綿が つめられ
触れた額は 氷のように
冷たかった。

訪れた大勢のイトコや妹と私は
子供部屋で遊んでいたが、

1時間に一度は父が眠る 
八畳間に戻ってきて、

少し高い台の上に置かれた
蝋燭に 背伸びして
線香をかざし
火をつけ 父の霊を弔った。

ドライアイスに 身を囲まれた父は
通夜のときも 布団に寝かせられたままだったが、

いつのまにか部屋の片隅には、
カラの大きな白木の棺が置かれていた。

その晩 私は叔母の膝の上で
いつのまにか ぐっすり眠り込んでしまったが、

目を覚ますと
父はすでに その大きな
白木の箱の中に入っていた。



亡くなる1週間ほど 前に
家族でデパートに行ったとき、
父は ある革のベルトに目をとめた。

それが たいそう気に入り
買おうとしたが、給料日の前だったので
金曜日まで待つことになった。

しかし母は 何かの理由で
その日 デパートへ行くことができず、
父にあやまり 来週まで待ってくれるよう頼んだ。

そのとき父は
「いや、いいんだ。
 でも間に合わなかったな……」
とポツリこぼしたという。

その土曜日の午後、
私と母が いっしょにデパートで買ってきたベルトが、
今は棺に納められ 胸の前で合掌した
父の手元に添えられていた。



父の骨は白かった。

前日まで 何の健康上 問題もなく
普通に暮らしていたのだから、

衰弱して亡くなった人々とは違い、
その骨はガッシリとしたものだった。

革のベルトのバックルの部分を
灰の中に見つけた私は、それもいっしょに骨壷
の中に入れてあげた。

あれほど 大きかった父の身体は
こんなにも 小さくなってしまった。

しかし骨壷に納められた
その身体は 今は 
とても 温かだった。


*****



亡くなってしばらくして、
学校で 社会科見学のようなものがあった。

町外れにあった 大きなゴミ焼却場を見学して
家に戻ってきた私は、

母とそのときちょうど家を訪れていた叔父に、
今日学校でこんなことがあったんだよと報告し、

最後に「思い出しちゃったよ……」と
ボソッと つけ加えた。

「何が……?」
「いいから言ってごらん」
叔父と母にせかされた。

「お父さんが焼かれたときのこと……」
「今日、隙間から火が見えたんだよ」

5分か10分ほどして、
私はテーブルの陰で 母が叔父の膝に突っ伏し、
ほろほろと 泣いていることに気づいた。

母はその晩 半狂乱になった。
母が一番頼りにしていた
すぐ上の姉に電話がかけられた。

叔父は「ミツコが悪いんだぞ」と言った。

憑かれたように泣き続け、
叔母から子供のようになだめられ
ベッドに寝かされる母を見ながら、
私もぽろぽろと泣いた。


*****


父が亡くなってから、
毎日夕方になると 妹と母の3人で
墓参りをした。

お墓にある水道の水じゃ、
お父さんがかわいそうだから、
と家からヤカンに水を入れ
毎日持っていき、

まだ新しく土が盛られただけの
墓の石の上に水をかけてあげた。

線香に火をつけるときになると、
妹は 保育園で習ってきた
「燃えろよ、燃えろ」の歌を歌った。

線香に火がつき、なかなか炎がおさまらないと、
これはね、お父さんが喜んでるんだよ……
と妹は言った。

ある夕方、墓を訪れた
私達3人は ぎょっとしてしまう。

その土の上を十字を切るようにして、
縦に横に幅10センチほど、土がぼこぼこと
気味悪く盛り上がっていたからだった。

お父さんが、
なんか怒ってるのかな……
妹は言った。

しかしそれは、酒の好きだった父に
給料日前、死ぬ前に存分に酒を飲ませて
やれなかったことを 深く悔いた母が、

その丸い墓石の上に毎日酒をかけたことで
モグラがやってきて、トンネルを掘ったことにより
できたものだと判明した。

それから母は 墓石に
酒をかけることをやめた。


*****


写真の中で 微笑む父は、
ずっと39歳で止まっている。

私は 母や妹とはあまり似ていない。


私は非常に身体の弱い子供だった。
そして深く深く父に愛された。

父が亡くなって1ヵ月ほどして
私は肺炎にかかり、病院に行くのがあと1日
遅れていたら手後れだったと言われた。

周囲の人々が、ミツコのことを
うんとかわいがっていたから、
きっと心配で 心配でしょうがなくて、
いっしょに 連れていきたかったんだろうね……

と話していたことを 
今は 思い出す。





MITSUKO



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Category : Myself (自己)

長い眠りから覚める

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 15.2011 3 comments 0 trackback

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Dreams


Hold fast to dreams
For if dreams die
Life is a broken-winged bird
That cannot fly.


Hold fast to dreams
For when dreams go
Life is a barren field
Frozen with snow.


         Langston Hughes



 


 夢をしっかりつかめ
 もし夢が死んでしまえば
 人生は羽をもがれた鳥で
 飛ぶことはできなくなる


 夢をしっかりつかめ
 もし夢がなくなれば
 人生は雪で凍り付いた
 不毛の大地になる


      ラングストン・ヒューズ
 


声に出して覚える英語の詩50選






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長い眠りから覚める



今日一日自分を責めることをやめる
自分が受けるに値しないと思い込むのをやめる



過去のすべてを
まずは今この瞬間だけでもいいから 
受け入れていみるのだ



そして何であれ今日一日他者を責めるのをやめる



もうすべてのものごとを
「良い」と「悪い」に振り分ける必要さえないのだ



いまここに「わたし」が在ればいい




今ここに立つ新しい自分
過去からの想いに自由になり生まれ変わる



依存心のカラを脱ぎ捨てて
自分の感情と人生に責任をもち




もう不要になったものを
ぽっちり手のひらに置き息をかけ
ふうぅぅっと吹き飛ばしてみるのだ





いま「わたし」は想い出さねばならない
なぜここに来たのかを



いま「わたし」は想い出さねばならない
生まれ持った自分自身の魂の尊厳を 



耳の奥をひらき目をしっかと見開き
異なる次元の世界に入ってゆくために



「わたし」にとっての真実とは何なのか


なぜ「わたし」が
この水と緑豊かな龍の姿を象った
大和の国に生まれたのかを



なぜいま今ここに在るのかを



もう そろそろ本気で
想い出す時期に来ている





ミツコ
MITSUKO



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いまこそ

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 24.2011 0 comments 0 trackback

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あなたのなかにも 偉大なる力の
種が 植えられています
しかし 庭師は あなた自身です

いつ その種が芽を出し 花ひらかせるかは
あるいは 果たして うまく花ひらくかは
あなたの手入れひとつに かかっています

そこには つねに 自由意志による選択が
あたえられている ということです

せっかくの種を 暗やみに おきざりにして
魂の成長に 必要な 光をあてない生活
すなわち 無私の愛やおこないが 欠けた生活をおくっていては
偉大なる力が あなたを通して 輝き出でて いないことになるのです


The Great Spirit has planted the seed within you,
but you are the gardener
and it depends on your efforts
whether and when the fullness of the flower
is able to express itself.
There is always your free will.

If you keep the seed in the darkness
and do not give it the light of soul-growth,
of charity, of service,
then the Great Spirit is not being expressed through you.


シルバーバーチの言葉より




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いまこそ



そとからの じょうほうに 
たよるのではなく



じぶんのなかに 
うちゅうの はじまりから すまう
うちなる かみ 



ないざいする 
おおいなる ものの こえに
みみを かたむける



それは でんきが なくても つながれる
ずっとずっと そこに あった



わたしは すべてのものと つながっていた
ひとつだったことを いまこそ おもいだす



おそれではなく あいを

やみに おびえるのではなく

みずからが ひかりを はっし
ひかりを つなぐ 
でんぱとうと なれ



うすうす きづいていたのに
かるんじて きたこと


ほんとうの じぶん
ねむっていた じぶん
いねむりしていた 
わたしの たましい



しんの ちからは ゆうきを もたらす



わたしが じんせいにおいて
ほんきで しんじつを せんたくして いきる
じぶんのなかの しんじつと いまこそ むきあう



だれのなかにも ある
おおいなる ちから
ないざいする かみのこえに 



いまこそ こころ しずかに 
みみを かたむけて 






ミツコ 
MITSUKO



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