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太陽はいつもそこに輝いているのに(2010/5/15)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 23.2014 7 comments 0 trackback
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 行う価値のあること 
 成就するに 値するものほど
 達成するのが難しいのです

 楽には 達成できないものなのです
 困難や妨害 邪魔が はいるものなのです

 それらすべては 人格形成の一環であり
 どのように 対処するかによって 
 魂の成長が 決まるのです

 魂の奥に 内在する 最高の資質が
 簡単に 引き出せるとしたら
 それは 価値あるものとは いえません

 くじけては いけないのです
 
 己の内にある 霊的な資質を活かし
 克服できないほどの 
 大きな困難や障害は 絶対に生じません


          シルバーバーチの言葉より
                 (訳:ミツコ)

All the things that are worth doing
and worth achieving are those
that are the most difficult to perform.
The path of attainment is not an easy one.
It is full of difficulties, of obstructions,
of hamperings that come in the way.

Those things are part of the building of character,
so that in the way you face your difficulties
is determined the growth of the soul.

If you could allow the highest
that is within you to express itself without difficulty,
it would have little value.

Do not despair.
Remember there is no difficulty or obstacle
that crosses your path that is so strong
that you cannot overcome it
by the use of the latent powers
that you have within you.


The Teachings of Silver Birch (p 116)
Silver Birch Series
Edited by A.W. Austen




*******************************


早いもので
日本に帰ってきて
ちょうど 15年になります。

この5月の新緑の季節は 
わたしにとって

命の尊さ 
生きることを
再認識する

あたたかさと 
優しさにも 満ちた

忘れられない
季節です。



*******************************


太陽はいつもそこに輝いているのに





桜が あっというまに終わり

新緑の 力強い 
命の息吹と 風 薫る
近くの公園の横を
テクテクと歩き、
いつもの河川敷に到着。


振り返ってみると、
ちょうど雲から
朝陽が 顔を出したところでした。


「太陽はいつもそこにあるのに……」
そんな言葉が、頭の中に響いてきました。


わたしは 前の夫 
フレデリックが亡くなったとき、

諸事情から、
日本とニューヨークを1ヶ月に一度
行ったり来たりしていました。


別にカッコいい
ビジネス的な理由ではありません。


当時、もとバレエダンサーだった彼は、
細々と自宅で DTPの仕事や
弁護士事務所のタイピストをこなし、

わたしは 日系の保育園のアシスタントや
翻訳の仕事をしていましたが、


家計的には自転車操業、
いっぱいいっぱいで、

また彼の宗教的な信条もあり、
生命保険、医療保険等に
入ることはありませんでした。


しかし、彼が
通常の医学的治療を
一切 拒否したといっても、


最初に ガン告知を受けたときの
1週間の検査・点滴などの入院費が、
日本円で当時200万円近く
払えずにいました。


そして、不調を訴えだしてから約3年、
告知後8カ月の自宅介護のあと、

彼はホスピスのような場所に入り、
最後は そこで亡くなりました。


その入院料のようなものも
支払いが滞っていました。



お金がいちばん
大切じゃないことは わかっている


でも、毎日の生活のなかで
自分の精神が
ちゃんと安定できるだけの、

最低限 必要なお金は ほしい


多額の医療費による借金と、

いちばん身近な人が
今ガンで死につつある
プレッシャーと、

介護による
極度の疲れもあって


わたしは 心も身体も
押しつぶれそうに なっていました。



やがて 彼本人の希望で
ヒタ隠しにしていた ガンのことが、
日本の母にも 分かってしまいました。


それを聞き、
いてもたっても いられなくなった母と
妹、幼い甥っ子たちが

新年明け 早々
ニューヨークを訪れてくれました。


どこまで 進行したのか、
あるいは 自然療法やヒーリングによって
少しは 良くなっているのか、


外からは わからない
フレデリックの容態、


来月の家賃さえ
本当に払えるのか
わからない経済的問題、

これからのことを含めて、
わたしは母と
滞在中のホテルで 話をしました。


亡くなった場合、
お骨は 日本に 持ってかえるのか?



母にそこまで聞かれて
初めてわたしは、

今自分が直面している問題――


フレデリックは
今 まさに

死に逝きつつあるんだ 
ということを

現実的に
受けとめざるを えませんでした。



ベッドの上に
あぐらをかいて腕をくみ、

わたしはただ
ポロポロぽろぽろ
泣いていました。


憔悴しきっている わたしを見て、

母は いったん
日本に帰ってこい、と言いました。


よく考えた末、一時帰国。


日本に3週間、
ニューヨークに1週間という生活を
2ヶ月ほど続けました。



アパートもひきはらい、
自己破産の申請をしよう、


少し良くなったら
ニューヨークのオールバニーの
おねえさんのところへ

二人で行って しばらく療養し、
新しい生活のことを 考えよう、


また来るからね――


そんなことを話して、

わたしは4月末に
彼のもとを いったん去りました。



ニューヨークJFK空港上空を
大きく旋回した 飛行機の窓から、


今まで 一度も見たことのない、
壮絶なまでに 美しい

マンハッタン全景が 見えてきました。


雲ひとつない 青空のもと、
島南端から 同島を突き抜け、

本土ニューヨーク州を 北上し、

彼の故郷 オールバニー市に
至るかと 思われるほどの、

壮大な眺めが ひろがっていました。


それは、最後、

フレデリックからの
贈り物だったのかな、

と 今は思うのです。



何度か、飛行機で
日本とアメリカを 往復したときに、

よくこんなことを 思っていました。


下界は、
いつもジャージャー 雨が降ったり


雷、嵐やら
ひどい天気のときも 多いけれど、


いったん突き抜けて
雲の上にさえ 出れば、


こうやって いつも
太陽は 輝いているじゃないかと。


太陽は いつも
そこにあるじゃないかと。



目の前のことに
押しつぶされないては いけない、


もっともっと
上を 見ないといけない



つらいとき、

いつも自分に
そう 言い聞かせていました。


それから約2週間後、

フレデリックは
安らかに 眠るように
息を引き取りました。


義妹から 
電話がかかってきたとき

"He passed away ---"(亡くなった) 

という言葉を聞いたとき、


ああ、世の中には、

こんなにも悲しい英語が
あるんだなと思ったことを 

今でもよく覚えています。



今 在る わたしが、
もし、あのときの彼と
いっしょにいたらどうだっただろうか、


もっと何かできただろうか、
違っただろうか、
そんなふうにふっと考えることもあります。



でも、偶然はありえない、
すべては必然で、かならず意味がある――


わたしの中には、
後悔とか、

そういったもの
後ろ向きのたぐいのものは
一切ありません。



なぜなら

そのとき、
自分が 人間としてできることは、
すべて、やったからです。



そして、彼は
いまのわたしを
心から喜んでいてくれる
いつも応援してくれている と思うのです。





人間だから 
毎日 生きていると
本当に いろんなことがあります。

ときには もう ちょっと 耐えられない、
つらすぎる、しんどいな、と思うことがあります。


でも 心が折れそうになったとき
なにか 自分が
押しつぶされそうな問題に
出会ったときには


自分は いま ここから
何を 学ぼうとしているのかな?


どうしたら
自分の魂は 成長するのかな



そんなふうに 

チョコっと 一息ついて 

あのときの光景を 想い出すのです。



下界は、大雨洪水 どしゃぶり 
とんでもないような 天気のときにも


雲の上では 

いつも サンサンと
太陽は 輝いているのですから――





ミツコ


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Category : Myself (自己)

幼い日のレナちんへ「鎖肛ってなに?」 (2010/4/5)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 20.2014 15 comments 0 trackback
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  身体という
  外形だけで
  
  魂の価値を
  判断してはいけません
  
  魂の進化と 
  それが 地上生活で
  使用する 身体の進化とを
  混同しては いけません

  父親または母親
  あるいは 双方から
  受け継いだ
  遺伝的法則の 結果として

  障害をもって
  生まれてくることがあるのは
  事実ですが
  
  それが 魂の進化を
  阻害することは ありません

  障害をもって
  生まれてくる 子供には
  その魂に それなりの
  埋め合わせの原理が
  働いているものです


You must not judge
the soul from without.

You must not confuse
the evolution of the soul
with the evolution of the body
which it uses on your plane.

Although there is
what you call a defect,
which is caused by
the natural law of inheritance
from the father or the mother, or both,

it does not interfere
with the soul's evolution.

You will find, usually,
that those who start their material lives
with a material defect
have in their souls
a compensating principle.


       TEACHING OF SILVER BIRCH (p110-111)
          edited by A.W.Austen/The Spiritual Truth Press
        「シルバーバーチは語る」(p190-191) 
         A.W.オースティン編/近藤千雄 訳  心の道場


*******************************

幼い日のレナちんへ
      「鎖肛ってなに?」 




子育ては
親のためにあり

子どもは 親を癒し
許すために 生まれてくる
という言葉の意味が

ひとつ わかった
気がしたんだよ


どこまでも
透明な肌と輝く瞳

キミの卒園式の写真を
何度も見返しながら
つぶやく


明日は
もう入学式

ハハも娘も
準備バンタン


そうか あれから
もうそんなに 
たったんだねと
ハハは思ったんだ



キミは 「低位鎖肛」という
先天性の直腸肛門 形成異常と

「肺動脈弁狭窄症」という
心臓病をもって

今から 6年前に 
ハハのところを選んで
生まれてきてくれた



キミは スルッと
生まれたけど

そのあと 
胎盤が出てこなくてね

癒着がひどくて
文字通り 素手で
内臓を引き千切られる痛みに

ハハは 獣のような
声をあげて 耐えたんだ


そして1カ月近くも
ハハは その胎盤のかけらを
お腹のなかに かかえながら
キミを見守ることになる




5時間たっても
分娩室から出てこないハハを
みんな心配してたけど

ついに出てきたときには
思わず涙がでてきて

その後もワイワイ病室で
喜びに ひたっていた


でもね ハハは
看護婦さんが
ヒョロっと キミの父に

「小児科の先生から
 お話があるそうです」
と言葉をかけ

病室から出て行く姿を
見逃さなかったの



しばらくすると
キミの父 
双方のジジババたちが

ワイワイ にぎやかな
お祝いムードを残して
帰っていった


ベッドの周りには
カーテンが
ひかれていたけれど

一度 病室の出口まで 
みんなと行った 
キミの父が

わざわざ また
ハハのベッドのところまで
戻ってきて

カーテンを ひょっと 
少し 開けたんだ


ふだんは
しかめっツラを 
してることが多い

同じB型でも 
ハハより かなり神経繊細な

慢性胃炎タイプの キミの父が
見たこともないような笑顔で

一生懸命 ニコッと 笑みをつくり
小さく バイバイと
手を振って 帰っていった


そして その晩 
ハハには キミのことは
知らされなかった



「鎖肛(さこう)」
って聞いたことあるかな
 

たぶん 知らないヒトの方が
多いと思う


ハハも ゼンゼン
知らなかったから

自分の子どもが
「鎖肛」だと言われて
初めて知って 勉強した


鎖肛っていうのは

生まれつき
肛門ができなかった
病気なんだ


3000~5000人に
1人の割合で出生する

出生時障害で 
最も頻度の高いといわれる
口唇口蓋裂 (こうしん こうがいれつ)に
次いで多いらしい

小児外科のある
病院へ行けば
必ずといっていいほど
鎖肛の子どもはいる ときく

でも その名を知る人は
少ない



キミが 出生後に
「低位鎖肛」だと
医師から告げられたとき

ハハは ガツーンと
ショックを受け
ひどく落ち込んだ


でもね

ともすれば
「妊娠中に あれをしたからいけない
 これをしたからいけない」

「わたしがぜんぶ悪い」
「子どもに申し訳ない」と

ネガティブな思いに
押しつぶされそうになるのを
振り切って

ハハは前に 進んできた


ウジウジ 悩んでいる
ヒマは なかったんだよ


できる限りの情報を
集めて理解し

自分の中で
キチっと真正面から受け止め

手術の日程を決めたり
産後 身体も精神も
非常に不安定な中で

ドンドン行動を
とらなくちゃ 
ならなかったんだ


それにしても 
出生頻度が 高い割りには
あまりにも 情報が少なかった

それは たぶん
場所が場所だけに

あまり声を大にしては
語られないのかもしれない


でもね ハハは
そのころ ネット上で
自分やお子さんの体験などを

タンタンと前向きに語って
くださっている方々の姿にも
出会ったの


それは 
ブログという 言葉も 

まだまだ 一般的でない 
ずーっと前のこと



言葉は 生きて
愛を つむいでいく


だからハハは いま
語っている


いただいた愛を
つないでいる



鎖肛っていうのはね
直腸が途中で
途切れてしまっている場合と

尿道や膣など
他の場所が
直腸とつながっていて

その部分から
排便がみられる場合があるそうで


キミの場合は
直腸が途中で 閉塞しており

かわりに
「ろう孔」と言われる穴から
うんちが 出ているような
状態だと言われた


外から見ると
本来あるべき肛門の位置が

前方に少しズレているような
感じだった


キミの場合は
低位だったから

生後3週間目に一度
肛門形成の手術を受け
3週間入院した


全身麻酔から覚め
手術室から出てきたときの

パッチリしっかり
目を見開いていた

キミの誇り高き姿を 
今でも よく覚えているよ


お尻の手術の前後は
うんちが出たら困るから
しばらくは絶食しなくてはいけない


お腹が減って 
ギャーギャー泣いても

ミルクも 何も
飲ませてもらえない


キミは 看護婦さんから
空の哺乳瓶の ゴム乳首の部分に
ガーゼをつめたものを もらって

チュウチュウ おしゃぶりのように
吸っていた


生まれたばかりの赤ちゃんが
木の板みたいなのを 腕に巻き

点滴の注射を 固定され
四六時中 刺されている姿は
痛々しかった


手術が済むと
ここで かなりの個人差がでてくると
医師からは言われた


そのまま 
すんなり自力で
排便が出来るようになる子もいれば

ブジーという
指をお尻に入れて
刺激を少し与えてあげる方法や

薬の力を借りなければ
排便できない
便秘になる子もいる


キミの場合は
1歳になるまで
毎日ブジーを続けたね


がまん強く
がんばり屋さんだったキミは

自力で 排便が
できるようになり

やがて おむつも 
ほかの保育園の子たちと
変わらない時期に
卒業した


いま キミの弟が
いっしょうけんめい
トイレ・トレーニングをしているけれど

出生時 何の問題もなかった彼でさえ
おむつハズレには 

かなりの時間と労力 忍耐力を要する
日々を思うたびに

キミが どれだけ
がんばったか あらためて
ハハは 感じるんだ


低位鎖肛
生まれつきのお尻の病気

そうしたハンデを 
わざわざ選んで

キミの勇気ある魂は 
この世に誕生した



「この家ならば 
  愛され 幸せになれる」

「自分の魂は 
  もっともっと成長できる」


キミの魂は そう思って
ハハや キミの父を
選んでくれたのだろうか


たくさん泣いたあと
ハハは 自分に
そう言い聞かせ

胸にかかえた想いを
ひとつひとつ
乗り越えてきた


だって 
キミも また

光輝く 魂のひとつ
だったんだから


そのころハハが
毎日 キミを
ギュッと抱きしめて

こんなことを
語りかけていたのを
覚えているだろうか


  ママは レナのことが 大好きだよ――
  生まれてきてくれて どうもありがとう

  パパとママを選んでくれて どうもありがとう

  神さまが いつも レナのことを見ていて
  守ってくれているよ

  レナは 困っているひとを 
  たくさん助けてあげられる 
  ひとになってね

  ひとのために 
  自分を役立てられるひとになってね

  レナの たましいさんが
  たくさん たくさん 成長しますように

  ママは レナが大好きだよー        



キミは
わかってるのか
わかってないのか

キョトンとして
聞いていたけれど


そう言って
キミを抱きしめると


ハハは
ふたりの魂が 

ほんとうに
喜んでいるのを

感じていたんだよ



ミツコ
MITSUKO



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君に捧ぐ(2009/10/1)

Posted by ミツコ (MITSUKO) on 15.2014 0 comments 0 trackback

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(Japanese)


『君に捧ぐ』


お骨ならぬ 
君の灰を抱いたとき
それはあたたかだった

10センチ四方
厚さ5センチほどの
紙の箱におさまり

ブラウンの紙で
君はちゃんと
包装されていた

表には ラベルが一枚 
君の名前が
フルネームで タイプされ 

斎場の名まえと 
火葬された日時が記されていた


マンハッタンから
さらに車で4、5時間

オールバニーの
おねえさんの家で 
初めて対面した  君の灰は
予想に反して 
ずいぶん重かった


長い長い闘いの末 
モルヒネさえも打たずに 
眠るようにして 逝った君


ガンだと告げられてから 
以前あれほど頑なに
子どもは いらないと
言っていたのに

「治ったら 子どもをつくろうね」
と言い出した



神父さんが 
草原に 宝石箱を埋めるように

君はいま 深く深く
土に 還っていく


アイラブユーと 
言われるたびに 

なかば条件反射的に
"I love you, too." と
微笑み返してはいたが

人を愛することとは 
こういうことなのかと

その温かな
溢れる想いと さびしさで
胸がつぶれそうに なりながら

レンガ一個分になった
君のからだを
地に帰る その瞬間まで 
固く 抱きしめてあげた


最初 抱いたときの 
あたたかさは
数分後 再び抱いたときには 
もうなかった

同じことを思った 母が
ミツコが 来るのを
待ってたんだね
と しみじみ言った


左くすり指から 
指輪をはずし
わたしは 大切に
ポケットにしまうと

君の眠る丘を あとに 
日本へと 帰国していった



ミツコ  (1999.5.15)




***************************

To My Beloved


You were so warm
when I first held you.

You were so small to fit
in a box wrapped by brown paper neatly,
about four-inches square and two-inches thick.

There was a label on it:
your full name was typed
and I could know where and when
you were cremated.

After a several-hour car ride from Manhattan,
I finally got to see you
at my sister-in-law's house
in upstate New York,
your ashes were very very heavy,
much heavier than I imagined.

Refusing to take any medication or treatment
that could have relieved your pain like morphine,
you passed away in your sleep
after long long fierce battles with cancer.

You used to say so firmly
that we were not going to have kids,

but after being diagnosed with cancer,
you started to say sadly
that you would want to
start a family after recovering.


It's as if the priest buried you
in a small jewelry box
in the grass field.


Every time you said to me, "I love you,"
I smiled back, saying "I love you too,"
almost like a conditioned reflex.

But now I realized that
this is what loving someone is all about.

As my heart was going to burst out
with full of warmth and sadness,
I held you so tight who now weigh as much as a brick
until the very last moment of returning to the earth.

Minutes later, there was no more warmness
which I felt when I first held you.

My mother who felt the same way told me,
"He must have been waiting for you to come."

I took off a ring from my wedding finger,
and put it in my pocket so gently
I left the hill where your soul now rests in peace,
and had gone back to Japan.



MITSUKO


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